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大槻ケンヂ全オリジナルアルバム・レビュー① 筋肉少女帯 前編

はじめに

僕が最も敬愛するミュージシャン・大槻ケンヂ(以下オーケンとも)氏は、「筋肉少女帯」「特撮」「電車」といったバンドや、様々な名義のソロ活動などで、多くの名曲を世に送り出しています。またそのディスコグラフィは、ライブ盤や編集盤を除いたオリジナル・アルバムに絞っても現時点で40枚近くあり、これからも活動が続く限り増え続けていくと思われます。

個人的な話ですが、僕が高校生で初めて氏の表現に触れ感動を覚えたとき、オーケンはすでに筋肉少女帯17枚目のアルバムをリリースし、メジャーデビュー26周年を迎えていました。すなわち僕は自分が生まれる前のアルバム(もちろん書籍や映像作品も)を少しずつ集めながら、彼の表現の面白さや凄さ、そしてその変遷の歴史を自分なりに味わっていくこととなりました。

その後も僕は多くのアーティストやコンテンツを好きになりましたが、彼ほど味わい深く、また僕自身の感性や価値観の重要な部分になっていると言えるようなアーティストは他にいません。ふと、一体自分はなぜここまで彼の表現に魅了されているのか改めて向き合ってみたくなりました。

そこで、僕が何度も聴いている彼の膨大な作品群を、簡単にレビューしてみようと思いました。あくまで自己満足のために文章を書いているため、とりたてて面白い情報を盛り込んだ紹介文になっている訳ではありませんが、初めて聴く人のガイドとなるような解説文にもなっていると思います。各アルバム中で名前を出している曲(太字)がそのアルバムのオススメ楽曲です。

 

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今回は、彼の活動の中心と言えるバンド「筋肉少女帯」の、メジャーデビューから活動”凍結”までの12枚をまとめました。

 

1.『仏陀L』1988年

仏陀L(紙ジャケット仕様)

仏陀L(紙ジャケット仕様)

  • アーティスト:筋肉少女帯
  • 発売日: 2009/07/22
  • メディア: CD
 

 

”狂えばカリスマか!? 吠えれば天才か!?”という一発目のフレーズは、珍奇なことをすれば何でももてはやされた当時のバンドシーンに対する痛烈な批評であり、なおかつ筋肉少女帯自身のスタイルを皮肉った身も蓋もない自己批判とも取れる。そしてこの衝撃的なオープニングが「モーレツア太郎」というフザケた曲名であることで、その凄味はデビュー作の1曲目にして既に存分に発揮されているといえよう。全9曲の中に「釈迦」「サンフランシスコ」「孤島の鬼」といったバンドの代表作や、再結成後にリメイクされる「福耳の子供」「ノーマン・ベイツ」なども含まれており、必聴の1枚。

 

2.『SISTER STRAWBERRY』1988年

SISTER STRAWBERRY(紙ジャケット仕様)

SISTER STRAWBERRY(紙ジャケット仕様)

  • アーティスト:筋肉少女帯
  • 発売日: 2009/07/22
  • メディア: CD
 

 

旧メンバー2名脱退、ドラム太田明加入、サポートギターに横関敦参加、そしてピアノ三柴江戸蔵脱退前最後の作品であるという、非常に不安定なバンド状況で出されたミニアルバム。マタンゴ」「キノコパワー」という有無を言わさぬ出だしの2曲はもちろん名曲だが、ポエトリースタイルの幽霊譚「夜歩く」、ギャグに振り切ったことで狂気に満ちた「日本の米」、初期特有の露悪的な歌詞が炸裂した危険な「ララミー」、そして9分超の圧巻の大曲「いくじなし」まで、ノンストップで強烈な世界観を突きつけられる全6曲。全編に渡ってピアノvsギターの壮絶な技巧派バトルが繰り広げられている。

 

3.『猫のテブクロ』1989年

猫のテブクロ

猫のテブクロ

  • アーティスト:筋肉少女帯
  • 発売日: 2009/08/19
  • メディア: CD
 
 

 

大槻ケンヂ(Vo.)、内田雄一郎(Ba.)、橘高文彦(Gt.)、本城聡章(Gt.)、太田明(Dr.)の5人体制となり、90年代の筋肉少女帯の屋台骨がようやく完成をみた本作。なんと言っても「日本印度化計画」が収録されているのがこの作品最大のトピックであるが、コミックバンドと見られるのをさけるためこの曲のシングルカットを拒んでいるあたり、筋少の微妙なスタンスが窺える。そうした感性はギャグと紙一重の悲劇「これでいいのだ」「最期の遠足」にも表われており、表面的なコミカルさに油断していると冷酷さや不条理姓の中に突き落とされてしまう恐ろしさがある。

 

4.『サーカス団パノラマ島へ帰る』1990年 

サーカス団パノラマ島へ帰る

サーカス団パノラマ島へ帰る

  • アーティスト:筋肉少女帯
  • 発売日: 2009/08/19
  • メディア: CD
 

 

絵本のようなジャケットアートワークが印象的なアルバム。サーカスというより見世物小屋的なコンセプトを持った本作だが、つまりは異形性や欠損をかかえた人々の物語であることが通底している。憎しみに囚われ異端として世界から隔絶される「詩人オウムの世界」、身体的欠損とリンクした孤独を描き何とも言えない不安な余韻を残す「アメリカン・ショートヘアーの少年」「23の瞳」、虚無感と絶望感に溢れた「パノラマ島へ帰る」など徹底してダークなムードが漂うが、そのシリアスさをさらに虚無へと帰すような「元祖 高木ブー伝説」で幕を閉じ、聴く者はあっけにとられる。

 

5.『月光蟲』1990年 

月光蟲

月光蟲

  • アーティスト:筋肉少女帯
  • 発売日: 2009/08/19
  • メディア: CD
 

 

これまでのアルバムに必ずあったインディーズ時代のリメイク曲が無くなり、完全な新曲のみで構成された1枚。繰り返される”月の裏のクレーター”のモチーフを通して、陰謀論「風車男ルリヲ」)や新興宗教「僕の宗教へようこそ(Welcome to my religion)」)といったこの世の裏側を暴こうとするものの胡散臭さ、滑稽さを逆に暴いてみせる。「少女の王国」「イワンのばか」はどちらも橘高文彦作曲の名曲。前作に引き続いてダークなトーンだがどことなくゴージャスさもあり、中でも「サボテンとバントライン」はストレートに胸を打つ1曲。

 

6.『断罪!断罪!また断罪!!』1991年  

断罪!断罪!また断罪!!

断罪!断罪!また断罪!!

  • アーティスト:筋肉少女帯
  • 発売日: 2009/09/16
  • メディア: CD
 

 

"子供騙しのお唄を唄って そこそこ人気もある僕だけれど"に始まり”この世を燃やしたって 一番ダメな自分は残るぜ””それでも生きていかざるをえない!”など全行パンチラインな名曲「踊るダメ人間」が収録された6曲入りミニアルバム。”ダメ人間”という語彙を世間に定着させた同曲を筆頭に、世の中にはびこる愚かさをストレートに拒絶するパブロフの犬オーケン自身の道化師的な立ち位置を自虐した「代わりの男」など、いわゆる”サブカル”的な自意識とスタンスを表明した曲が並び、前作までより彼の内面がむきだしになった重要作である。LSDをモチーフにしたと思われる大曲「何処へでも行ける切手」綾波レイの元ネタとして有名。

 

7.『エリーゼのために』1992年  

エリーゼのために

エリーゼのために

  • アーティスト:筋肉少女帯
  • 発売日: 2009/09/16
  • メディア: CD
 

 

プロデューサーに佐久間正英を迎え、次作ともども独特の音像を持つ作品。”のほほん”を体現した「じーさんはいい塩梅」、ストレートなメッセージ性をたたえた名曲「生きてあげようかな」など、これまでになく聴く者にポジティブなメッセージを与えようとする明確な意思が見られる。中でも「戦え!何を!?人生を!」は反則スレスレの圧倒的な涙腺刺激曲。しかし一筋縄で感動路線に行くはずもなく、「スラッシュ禅問答」「妄想の男」のようなトラウマ必至曲も収録。本作から本城聡章が作曲に本格参加し、ポップかつファンキーなセンスで筋少の新機軸を支えている。

 

8.『UFOと恋人』1993年  

UFOと恋人

UFOと恋人

  • アーティスト:筋肉少女帯
  • 発売日: 2009/09/16
  • メディア: CD
 

 

世間の欺瞞とそれを風刺する自身の卑怯さを同時に暴く「暴いておやりよドルバッキー」、コミカルだが痛々しく切ない熱血ラブソング「君よ! 俺で変われ!」など先行シングル3曲はどれもCMタイアップ曲。さらにそれらのタイアップ自体を痛烈に皮肉った「タイアップ」という曲が終盤に用意されていることからもわかる通り、多層的な諧謔精神に溢れた怪作。「高円寺心中」「俺の罪」では歌謡曲的なアプローチでやるせなさを体現するなど、ハードロックバンドとしてのアイデンティティを逆手にとるような屈折も見られ、迷走というよりこの混沌こそが筋少の本質であるといえよう。そんな中「きらめき」オーケンの人生観と優しさがにじみ出たラブソングであり、隠れた名曲。

 

9.『レティクル座妄想』1994年

レティクル座妄想+6

レティクル座妄想+6

  • アーティスト:筋肉少女帯
  • 発売日: 2018/06/20
  • メディア: CD
 

 

筋肉少女帯全キャリアの中でも屈指の名盤として名高いコンセプトアルバム。1曲目レティクル座行超特急」で、”この世で愛されなかった人達だけがレティクル座行きの列車に乗れるの”と示されるとおり、現実逃避と妄想の行く末としてのレティクル座≒死のイメージが全編に描かれる。教室で孤立する少年の逆ギレ的大衆蔑視蜘蛛の糸、死を恐れながらも死に取り憑かれてしまう絶望ハッピーアイスクリーム筋少自身のファンにも通じるカリスマ信仰の身も蓋もない現実を突く「ノゾミのなくならない世界」など、現実世界の救いようの無さ、それと鏡像関係にある妄想の狂気がこれでもかと突きつけられる。そして現実逃避すらも完膚なきまでに否定してしまう「飼い犬が手を噛むので」をラストに持ってくるダメ押し感も含めて、心の闇の部分に深く突き刺さるであろう1枚。シンプルなラブソングとして聞き流されかねない「香菜、頭をよくしてあげよう」は、このアルバムに入ることによって痛々しいまでの奥深さを帯びている。

 

10.『ステーシーの美術』1996年

ステーシーの美術+6

ステーシーの美術+6

  • アーティスト:筋肉少女帯
  • 発売日: 2018/06/20
  • メディア: CD
 

 

同時期に発表された小説『ステーシー』の物語とリンクする「再殺部隊」「リテイク」及びその反転となっているトゥルー・ロマンスのいわゆる”ゾンビ3部作”は、強烈な世界観のインパクトとともに単体のストーリーとして巨大な感動を起こさせる。しかしそれ以上に印象的とも言えるのが、精神に不調を来していたオーケンの内面の吐露である。「おもちゃやめぐり」「星座の名前は言えるかい」でこれまでになく自身の繊細さを正直に晒す一方、”俺たちはまだ 明るさに包まれた日をみつけていないよなー だったら走るしかないだろう? 誰の足だよ? てめぇの足だろ?”と切実に語る「銀輪部隊」や、『ドラゴン怒りの鉄拳』主題歌をカバーした「FIST OF FURY」「FIST OF FURY ~再生~」はやけくそ気味に己を鼓舞する姿が泣ける。

 

11.『キラキラと輝くもの』1996年

キラキラと輝くもの+6

キラキラと輝くもの+6

  • アーティスト:筋肉少女帯
  • 発売日: 2018/06/20
  • メディア: CD
 

 

ロックと私小説の融合をテーマに、オーケンの内面を最もさらけ出した1枚。特に前半5曲ではハードな曲が続く。これまである種相対化して描いてきた”狂気”を純真で切実なものとして描いた「機械」、”人を救うはずなのに自分さえ救えやしない”と自嘲しながらも”大好きだよ君が 照れ臭くも無いよ”と心から歌う「僕の歌を総て君にやる」など曲ごとにそのむき出しっぷりは増していき、それが頂点に達する9分半の大作「サーチライト」は圧巻というほかない、究極の1曲である。そこから急転直下するかのように、後半5曲は「そして人生は続く」など明るく牧歌的な曲が続くが、ひたすらポジティブなそれらの曲はむしろ開き直り的な迫力を持っており、この後半5曲にこそ筋肉少女帯の底知れない凄味が詰まっていると言える。ラストの「冬の風鈴」はしみじみした余韻を残すと共に、この境地まで来たんだなあ、と思いを巡らしてしまう。

 

12.『最後の聖戦』1997年 

最後の聖戦+8

最後の聖戦+8

  • アーティスト:筋肉少女帯
  • 発売日: 2018/06/20
  • メディア: CD
 

 

活動凍結前最後のオリジナルアルバム。筋少が再始動を果たした現在の視点から見ても、太田明を含む5人体制としては最後の作品であり、何より彼等が”終わり”を意識して作った作品であることは疑いようもない内容となっているため、明確な終止符と言える1枚である。先行シングル「221B戦記」「タチムカウ -狂い咲く人間の証明-」はともに死地となる戦場を前に悲壮な覚悟を決める内容であり、「カーネーション・リインカーネーション「タチムカウ」もシングル曲の流れをくむシリアスで重々しい力作である。しかしそれ以外の曲は「哀愁のこたつみかん」など脱力しきった曲や「青ヒゲの兄弟の店」など大槻ケンヂ以外(どころかメンバー以外)の作詞となっている曲も多いため、アルバム全体として筋肉少女帯の集大成とは言い難い内容になっているものの、こうしたバランスが末期特有の危うさを見せてくれる。そんな中最後に収められた「ペテン」で露悪的・自虐的に自身の活動を総括して見せたオーケンを前に、リスナーは煙に巻かれながら、その唯一無二のオチの付け方に圧倒されるほかないのである。