トリトメル

日常生活維持ごっこ

2022年映画ベスト10


 昨年僕が映画館で観た新作映画は、全部で49本だった。配信で観た新作映画や、映画館で観たものでも旧作のリバイバル/リマスター上映は除外している。今までの僕の人生では圧倒的に大量に観た1年だった。それでもまだまだ見逃した映画もたくさんあるし、もっと観たかったと思うのが映画という趣味の恐ろしいところだ。

 そんな49本の中で、自分の年間ベスト映画1位~10位は以下の通りだ。

1位:夜を走る
2位:宇宙人の画家
3位:TITANE/チタン
4位:NITRAM/二トラム
5位:こちらあみ子
6位:RRR
7位:オフィサー・アンド・スパイ
8位:アザー・ミュージック
9位:女神の継承
10位:ある男

 10位から順に詳細を書いていきたい。文中敬称略。

 

10位『ある男』(石川慶監督/日本)

movies.shochiku.co.jp

 石川慶監督は、日本映画の監督の中で今いちばん端正な映画を撮る人だと思う。『愚行録』『蜜蜂と遠雷』は鑑賞済みで、本作鑑賞後に『Arc』も観たが、3作ともダサいと感じるところが一カ所もなく、ストーリーの好みの差はあるけれど、どれも見た目から語り口からとカッコいい映画だと思った。前3作の中ではダークな作風で嫌な人間ばっかり出てくる『愚行録』がいちばん好みだったのだが、本作『ある男』はそれに近いタイプの作品だったのも嬉しかった。

 自分的にこの作品の大きな魅力として、ミステリーなのにちゃんと楽しめたというところがある。僕はミステリー映画が苦手で、その理由は単純に言うと難しいからだ。といっても難しい映画がすなわち苦手というわけでもなくて、例えばいわゆるアート系の映画における難解さは、受け取り方に幅が持たされているぶん「よくわからないけど面白い」となれるので好きだ。でもミステリー映画は娯楽作品なので、作品内で確実に伝えようとしていることは全て理解して整理しておかないと楽しめないつくりになっているということがあり、理解力に不安がある僕としては苦手意識のあるジャンルなのだ。しかし『ある男』は、ミステリー映画でしかもまあまあ複雑な真相がある話なのだが、とても飲み込みやすくてストレスなく楽しめたのが嬉しかった。飲み込みやすさの理由は多分いくつかあって、まずオールスターキャスト映画であるということが挙げられる。顔と名前が一致する俳優、しかも日本のよく知っている俳優ばかり出てきたので、登場人物の区別を間違えることがないのはもちろん、キャラクターひとりひとりが印象に残って見やすかった。(すごい良く出来た映画なのに、ずいぶんレベルの低い見方のことばかり書いていて申し訳ない……。)そして何と言っても語り口がスマートで、人物の入れ替わりを説明するのにワインのボトル(ちゃんと序盤でわかりやすく伏線を張っている)を使うなど、わかりやすい上にかっこよくて良いなあと思った。あと、誰がどう入れ替わったかという作品内の事実を探る謎解きよりも、「人はどういう時に誰かと入れ替わりたいと思うのか」という普遍的な問いの方により思考を促すつくりだったのも、飲み込みやすかったし個人的に好みのテイストだった。ちなみに僕は原作未読で、原作ファンの中には「原作を読んでない人にはわかりづらくて楽しめない映画なんじゃないか?」という懸念の声もあったようだけど、少なくとも僕は上記の通り問題なく楽しめた。

 社会的な問題提起や、人の幸せとは何かを問う人生論といった要素もかなり大きい作品で、そういった点に心を動かされてこの作品を評価する人も多いと思うけど、僕としては何よりも単純に「面白くてカッコいい映画だった!」という感動が大きかった。そしてただ単にいい話で着地するのではなく、ビターな余韻を残すあのラストシーンで終わってくれたのも、僕にとっては親近感を覚える着地でとても好ましいと思った。

filmarks.com

 フィルマークスの方には主に俳優についての感想を中心に書いた。柄本明本当に良かったなあ。

 

9位『女神の継承』(バンジョン・ピサンタナクーン監督/タイ、韓国)

synca.jp

 好きな映画のジャンルは何かと訊かれたら、しいて言えばホラー映画だろうか。ホラーは単純に「怖いか/怖くないか」という評価基準がはっきりあるので面白さがわかりやすい。また、恐怖や不快感といった、日常生活では感じないに越したことはない感覚が、ホラー映画を観るときに限っては最上の体験になるという逆転現象も愉快に感じる。

 一方で、僕は極度に恐がりなので、ホラー映画は同時になるべくなら避けたいジャンルでもある。特に本作『女神の継承』のような、エクストリームな描写かつジワジワと追い詰められるような重い空気感の映画は一番苦手だ。去年劇場で観た『ダーク・アンド・ウィケッド』もそんな感じの映画で、恐怖で死ぬんじゃないかと本気で思ったし、耳を思いっきり塞ぎながら観るので精いっぱいだった。『ヘレディタリー/継承』も大好きな映画だけど、たぶん劇場で観てたら途中退席するか気絶してたと思う。でも、そんな怖い思いをした映画は劇場を出た後「生きて出られてよかった!」と心から思えるし、鑑賞後の達成感がほかの映画の比じゃないので、やっぱり好きなのだ。

 本作はホラー作品としての圧倒的な怖さに加えて、ストーリー面でもグッとくるものがあった。特に世襲制度の逃れられなさ、あるいは逃れてしまうことへの気まずさといったテーマが、”女神の継承”というモチーフを使ってずっと語られていたのがよかった。『ヘレディタリー/継承』でも血縁や家族からの逃れられなさというテーマがイヤ~な感じで描かれていたけど、こちらは”家業” ”コミュニティ”ということが描かれていて、より現実的・即物的に追い詰められる感じがあって別種の怖さがあった。また、自分が一生をかけて頑張ってきたことが本当は何も意味がなかったんじゃないか…?という恐怖も、普遍的で胸を打つものがあった。

 そして本作はPOV・モキュメンタリー形式ならではの楽しさもあった。密着映像という面でのリアリティラインの整合性には違和感を覚えなくもなかったが、撮影クルーが本当にろくでもないことしかしないやつらなので、ろくでもないことしか起こらないだろうなと信頼できてずっと面白く観れた。あと、観客に「そんなの映しちゃいけないんじゃないの…?」と思わせる取材の仕方で一旦倫理観に疑問を持たせた後、そんなの映しちゃいけないような長回しが延々と続き、観客もそれに慣れてしまい気まずさが薄まってきたところで急にショッキングな描写が来て「うわあ、やっぱりすいませんでした!」と罪悪感を突きつけてくる、というような、観る側の加害性を利用した恐怖演出がとても意地悪で、POVという形式の利用の仕方が面白いなと思った。

 主演のヤダー・ナルリヤさんがめちゃめちゃな美人なのが、ひたすら陰惨な本作をかろうじて華のあるものにしていたと思う。観てる間怖すぎて「帰ったらこの人達の楽しそうなオフショット画像とかネットで探すぞ!」と思っていたのだが、SPICEのインタビュー記事が画像含めてその需要にうってつけのものだった。本作がトラウマになった人にはぜひオススメ。

spice.eplus.jp

 

8位『アザー・ミュージック』(プロマ・バスー、ロブ・ハッチ=ミラー監督/アメリカ)

gfs.schoolbus.jp

 閉店するレコード屋を追ったドキュメンタリー。今年フィルマークスで書いた感想の中で一番長文になった。この文章は自分でも気に入っている。

 町にあるレコード屋や古本屋、ライブハウス、そしてミニシアターといった小さな店が僕は好きでよく行くので、そういった実在の店に思いを馳せながら観ているととても切なくなった。あるいは、この「アザー・ミュージック」という店はニューヨークにあったのだけれど、観ているうちに、まるで先に挙げたような店と同じく自分の町にあった店のような気がしてきた。

 文化と場所との関係は絶たれたように見えて久しいけれど、ここにしかない、ここでしか生まれない、ここでしか生きられない、といった文化にとっての場所はまだまだあって、それが消えていってるという事実があるのだろう。これは「文化」を「人」に置き換えても意味の通ることで、ここでしか生きられない人々は、そこが無くなったらどこへ行けばいいんだろう、という心許なさを感じるけれども、一方でそれだけ優れた文化との蜜月を築けた人なら、どこへ行っても怯えることはないだろう、うまくやっていける、という楽観的なことも考えている。

 Corneliusファンとしては彼がインタビュー映像で登場したのと「The Micro Disneycal Word Tour」が劇伴として使われたので嬉しかった。

 

7位『オフィサー・アンド・スパイ』(ロマン・ポランスキー監督/フランス、イタリア)

longride.jp

 ドレフュス事件を元にしたポランスキーの新作。これも『ある男』と同じく、カッコよくて上手い映画だなあと感動した。冒頭の軍籍剥奪のシーンで人がズラッと並んでる絵面から壮観で、主要人物も印象的な”イイ顔”の俳優ぞろいで観てて飽きなかった。地味と言えば地味な話だし、正直言って細かい内容はあまり覚えていないんだけど、退屈したところや難しくてストレスを感じるようなところが一カ所もない美しい映画で、とても崇高な映画体験をした気分になった。

 このお話で一番好きなところは、主人公のピカールが決して今日的な視点での”善人”ではないところだ。むしろ彼はユダヤ人に対して差別意識を持っているところもちゃんと描かれていて、それが最後まで特に覆ることはないのが驚いた。彼の持っている美点を「権力に疑念を持ち、真実を追究する姿勢」という一点に絞ることで、観客が安易に彼を超越的なヒーローとして見たり、描かれている時代を現代との比較対象と捉えたりしないようになっていて、とても誠実な描き方だと思った。彼は我々の視点から見ると差別的、反倫理的だったりするところもあるけど、そういったところを超えて彼の美点に敬意や共感を覚えること、これこそが歴史上の人物に対する思いの寄せ方として(フィクションとして映画と史実の違いは多少あるだろうけど)真っ当なものだと自分は思う。歴史上のヒーローとされるような人に無理矢理現代的な感覚の美点を見出して加点方式のように人物を評価するのは、むしろ歪んでいて危険な歴史の見方だと思うからだ。時代や環境や今日では絶対となっている倫理観といったことを超越して人を好きになれるのが、映画のいいところだと思う。(し、現実の存命人物もそういう好きになり方することもあるのだ。)

 

6位『RRR』(S.S.ラージャマウリ監督/インド)

rrr-movie.jp

 みんな大好きRRR。「最近観た映画でなにが面白かった?」と質問されたら、誰に対しても迷わず挙げているのがこれ。「歌って踊るインド映画」という前提情報から来る偏見交じりの先入観を、圧倒的なクオリティで裏切ってくれて「ナメてました!すみません!」という思いにさせてくれる上、やはりそのようなインド映画独特の異様なエネルギッシュさにやられてしまいもする。差別主義の国家権力に2人の男が立ち向かう!という点ではさっきの『オフィサー・アンド・スパイ』と共通してるけど、言うまでもなくトーンは180度違う。

 直前に、監督の前作にしてこちらも大ヒットした『バーフバリ』二部作も配信で見た(アマゾンプライムに1作目の吹替版、Netflixに2作目の字幕版しかなくて、ヘンな配信形態だなと思った)。起こっていることの異常さという意味では『バーフバリ』のほうが凄まじくてなるほどこれはカルト的にヒットするだろうなと思ったが、自分には王権争奪のシビアな話と過激な世界観にあまり乗れないというところもあった。それに比べると『RRR』はより現代に近い時代設定と現代的なテーマのおかげですんなり世界観になじめたし、何より主役二人の人物描写と関係性描写に重きを置いているため、物語への感情移入が完全な状態でのめり込めた。

 人物やそこで語られている価値観への思い入れが強ければ強いほど、凄まじい熱量のアクションやスペクタクル、そしてミュージカル描写も完全にのめり込むことが出来る。ドラマとアクションがどちらも素晴らしいのでそれぞれの魅力が2倍にも3倍にもなっていて、完璧に面白い映画ってこういうことだなと思った。とにかく万人にオススメ。上映時間が長いのがネックだけど、なんか最近3時間くらいの映画結構多いし、そういう長尺映画の中でも一番安心して楽しめるやつだと思う。

 

5位『こちらあみ子』(森井勇佑監督/日本)

kochira-amiko.com

 今村夏子の原作を事前に読んでいて、「これはすごいぞ、最近映画やってたらしいけど観たかったな…」と思っていたところ、幸運にも再上映を観ることができた。

 最近自分がよく読む小説(特に、芥川賞受賞歴のある女性作家の作品が多い)の傾向として、女性や少女の一人称視点でこの世の生きづらさとその中に確かに生きている自分というものを描く作品群があるのだけど、小説『こちらあみ子』はその最たるものの一つだと思う。

 極度に個性的でおそらくある種のハンディを持っているあみ子の行動がもたらすものは、微笑ましいものもあるけれど、いくつかはシャレにならないほど決定的な断絶を生んでしまい、しかしあみ子自身はその深刻さに気づけないまま、本人にとって心許ない状況に置かれてしまう…というお話。語り様によってはいくらでも重くなるし、社会問題を直接的に訴えかけるタイプの作品にもなりうると思うけど、小説も映画もそうはしていない。あみ子自身の世界の見方を一人称視点で描くことで、彼女という存在の純真さ、美しさを際立たせ、読者や観客に心の底から彼女を肯定しようと思わせてくれる。まさにフィクションならではの力によってあみ子(や、現実にいる彼女のような人)を救ってくれているのが、この物語の好きなところだ。

 そしてそのお話に加わった映画オリジナルの魅力として最たるものはもちろん、あみ子を演じた大沢一菜の圧倒的なパワーだ。映画のパンフレットでは撮影時の大沢さんがまんま”あみ子”なエピソードがたくさん読めて微笑ましいが、彼女が勝手に側転を始めたところが撮影されて本編の一部として使われているなど、作劇面でも大沢一菜=あみ子の一体性が良い影響をもたらしていることがわかった。尾野真千子がインタビューで、監督が撮影後に”あみ子ロス”になりすぎてることを心配してるのも可笑しかった。

 

4位『NITRAM/ニトラム』(ジャスティン・カーゼル監督/オーストラリア)

www.cetera.co.jp

 実際の凶悪事件に題材をとった映画は、不謹慎を承知でいうがどうしても惹かれてしまう。銃乱射による大量殺人事件がモデルということで観る前には『エレファント』を連想していたが、無差別殺人そのものより犯人のバックボーン、特に家庭不和の問題を丹念に描いているという点でむしろ『葛城事件』に近かった。おそらく発達障害があるであろう子供に対応しきれない家族の崩壊という意味では上の『こちらあみ子』も近いかもしれない。

 主人公マーティン君の辿る道がとても切ない。彼に訪れた人生最良の時間は、大金持ちの孤独な中年女性ヘレンとの日々だ。プラトニックな恋人であり、母親代わりであり、親友であるような彼女との関係は、確かに多少いびつだ。だけどそれでも、心から好きだと思い合える相手との出会いと、その関係が保証される環境に恵まれるというのは、普通の人にとってもそれさえあれば人生は他に何も要らない究極の幸福だと思う。ましてやずっと孤独だったマーティンにはなおさら得がたい僥倖だ。さらに、ヘレンは彼の悪癖である悪ふざけに対して眉をひそめない、ほかの人とは全く違うレベルの理解者だったのだ。しかし、こうした幸福それ自体が、彼に破滅をもたらし、幸福を奪い去ってしまうのである。こんな皮肉な話があるだろうか。

 上に書いたようなヘレン周りの話だけでも映画の軸として骨太なのだが、この映画を構成するのはそれだけではない。先に書いたような家族の崩壊ドラマという軸、マッチョなイケてる男性への憧れと挫折という軸、精神疾患や明らかに異常な状態の人への周囲の無関心(旅行代理店の人や銃器専門店の人の淡泊さが印象的だ)という軸など、様々な太い軸が絡み合って一本の大樹のように映画を成立させているため、「彼はなぜ無差別殺人に至ったのか?」という問いに簡単な一つの答えを用意してはくれない。もちろん銃規制の不十分さという社会的なレベルの問題は直接的に提起されているけれど、やはりドラマとして見たときにマーティンを取り巻く問題は複雑で多様だ。

 主人公マーティン(MARTIN)を逆さ読みした蔑称『NITRAM/ニトラム』をタイトルに掲げているように、実在事件の犯人について突き放した視点でもありつつ、同時にやはり観客はマーティンのどこかに自分自身を見出さずにはいられないつくりにもなっている。孤独であり、不器用であり、パンフレットの町田康の解説(名文だった)を引用するなら”鈍くさい奴”である人にとっては、悲しい映画だけど、同時にこの作品の存在自体が希望でもあるのだ。

 

3位『TITANE/チタン』(ジュリア・デュクルノー監督/フランス)

gaga.ne.jp

 この作品を人に説明しようとすると、ネタバレ要素込みで説明しても「お前は何を言ってるんだ?」というような全く意味の分からない内容になるが、自分でも観ていて「僕は何を見せられているんだ?」となったのだからしょうがない。パルムドール、前回がポン・ジュノで前々回が是枝裕和だったからライトな映画好きとしてもなんとなく身近に感じていたけど、やっぱりただごとではない賞だなと思わされた。

 いろいろな要素・ジャンルを孕んだ映画なんだけど、とりあえず自分は対物性愛モノってジャンルの映画をもっと観てみたいと思った。無機的な物に性的に惹かれてしまうっていう”生物としてのバグ”感がなんだかかえって人間的でなおかつ禍々しくて、魅力的な主人公だなあと思ったのだ。

 女性主人公が男性中心の社会に対してノーを突きつけ行動する、という映画が昨今多くなっていて、本作もその中の一つとして位置づけられなくもない。でもこの主人公は、個人や社会に対する叛逆にとどまらず、性や生命それ自体が持つ否応なく大きな力そのもににまで叛逆しているように見えて、それが自分にはすごくカッコよく見えた。人を殺すのも自分を傷つけるのも自身の女性的特徴を(文字通り)抑えつけるのも、物語としては別の意味合いもあるけど、そういった生物として当然とされていることへの大きな叛逆に見えて、痛々しくもどこか清々しいと思ってしまった。映画のトーンもジャンルも、そして主人公の出で立ちも目まぐるしく移り変わっていく混沌とした映画だけど、その中で主人公のギラついた魂が常に中心にあるような気持ちよさがあった。

 観終わった後なんかヤバい映画観ちゃった…と興奮してとても良い気分になった(ベスト3作品はどれもそうなのだが)し、このとんでもない映画が多くの人に好かれていて、しかも世界最高の栄誉を与えられていることに、繰り返しの表現になるが、やはり希望を感じたのだった。

 

2位『宇宙人の画家』(保谷聖耀監督/日本)

www.eiganokai.com

 なぜこの映画をこんな上位にしてしまったのか、正直上手く説明できない。観賞後の気持ちは感動したと言うより”呆れた”に近かった。

 あまりにも今まで経験したことのない感覚の映画だったが、もしかしたらインディペンデント映画やアート系映画を頻繁に観る人にとってはそこまで前人未踏の映画ではないのかもしれない、映画の素養がまだあまり無い自分が偶然出会ってしまったこの映画を買いかぶりすぎているのかもしれないとも思う。それでも、これを観たあとの「本当に頭がおかしい…」という感覚は、自分の映画体験史の中でずっと重要な物であることは確かだ。

 あえてこの映画に近い具体的なイメージを挙げるとしたら、「本当にどうにかしてるときの手塚治虫作品」が一番近い。と思っていたら、パンフレットの「監督の漫画ベスト10」に手塚治虫作品ばっかり入っていて合点がいった。特に『三つ目がとおる』はかなり近いと思う。

 この映画に対して何を書いてもしょうがない気がする。とにかく出会えてよかった。

 

1位『夜を走る』(佐向大監督/日本)

mermaidfilms.co.jp

 エモーションとサプライズ、両方の面で自分のウィークポイントど真ん中を突いてくれて、迷いなく年間1位の映画。 

 やはり自分は邦画ノワール、特に鬱屈した地方都市を舞台にくすぶった人物が起こす犯罪物語というタイプの映画が好物なのだと思った。最低限の欲求が満たされるだけの町で毎日同じことを繰り返すというささやかな絶望、ここではないどこかを希求しながら何処へも行けない切なさ、といったことを根底に、些細なきっかけからダークな領域に足を踏み入れてしまう。そこで不謹慎なワクワク感、常識や倫理から外れる解放感というのも(登場人物にとっても観客にとっても)発生するけれど、最後まで終わったときには空しさだけが残る…といった種類の映画だ。ピッタリ当てはまる映画はそんなに思い浮かばないけど、ちょうどこの前観た『ローリング』がまさにそのまんまで、傑作だった。あと映画じゃないけど山本直樹の漫画はそういうのが多い気がする。そういえば今年は山本直樹作品が2本も映画化されたけど、『夕方のおともだち』の菜葉菜、『ビリーバーズ』の宇野祥平といったメインキャストが本作と共通していることもあり、何となく両作とのリンクを感じた。

 『夜を走る』の話に戻ると、リサイクル工場に勤務する若者以上中年未満といった感じの主人公2人が絶妙な設定で魅力的だった。設定だけならなんとも侘しいムードの映画になりそう(そういうのも嫌いじゃないが)だけど、話は思わぬ方向に転がり続け、サスペンスとしての緊迫度が上がるほどに、二人の侘しさもより切実なものとして映し出されてゆくのが良かった。色んなことが起こるのだけれど、最終的には元いた場所から途方もなく離れてしまったような、実はグルッと大回りして戻ってきてしまったような、そんな場所に連れてこられる。

 そんな「グルッと大回りして戻ってくる」全体の構造を示すものとして、最初と終盤に同じ洗車場という場所が象徴的に出てくるほか、「リサイクル」工場という舞台設定など、あらゆる所にグルッと回るモチーフが出てきて巧みだ。そんな「グルッと回る」描写の中で一番強烈だったのが、ある死体の扱いだ。話が進むごとにどんどんあからさまにマクガフィン化していき、人間だった尊厳も生物としての有機性も無残なまでに無視されていき文字通りポンと放り出されるに至るその描写は、映画のあらゆる死体描写の中でいちばん怖いと思った。この描写を粗悪な御都合主義と受け取る人もいたようだけど、僕はむしろ、傷めつけたりバラバラにするよりさらに残酷な死体の扱い方として物語の根底にある怖さを際立てていて、戦慄を覚えるばかりだった。パンフレットに寄せられた古谷田奈月のコラムではまさにこの死体をテーマに一本書かれており、読み応えたっぷりのパンフの中でもとりわけ印象に残った。「橋本のこと、どうしよう?」というタイトルだけでゾワッと鳥肌が立つ。

 上記のような憂鬱感や恐怖の要素がこの映画のエモーション的な魅力だとするなら、普通のノワールやサスペンス映画を何段階かで軽く飛び越えてしまう、サプライズ的な魅力もある。でもその衝撃は言葉で説明してもしょうがない気がするので、本編をぜひ観てほしい。しいて言うなら、自分が本作を観るきっかけになった予告編がすごく良いので、これを見て「なんかこの映画ヘンだぞ!?」と感じ取った人は絶対に映画を観てほしい。


www.youtube.com

 

まとめ

 以上、言うまでもなくあくまで僕の好み・気分のベスト10でした。10作品とも同じくらい好きなんだけど、あえて順位をつけるとなると観たあとの衝撃度が大きなファクターになった。観たあと「ああ面白い映画だったなあ…」と腑に落ちる映画より、「なんだこの映画!?面白いけど…なにこれ??」と困惑するような作品のほうが、自分にとってはより好ましいものなんだと思う。

 今年もいっぱい面白い映画や変な映画を観られたらいいな。