トリトメル

日常生活維持ごっこ

大槻ケンヂ全オリジナルアルバムレビュー② 特撮編

前回「筋肉少女帯 前編」を書いて以来、文章を書く余裕や時間がなくなりこのシリーズを更新できずにいたのですが、こっちがモタモタしているうちに特撮のニューアルバムが発売となりしまた。未だにコンスタントな活動を続ける大槻ケンヂ氏のバイタリティーは本当に尊敬します。

第1弾は『最後の聖戦』までの筋肉少女帯について書きました。続く第2弾は結成後の筋少について書くべきか、それとも筋少活動休止後に結成された特撮について書くべきか少し悩みましたが、新譜発売という事もありやはり特撮をフィーチャーすることにしました。前回同様、入門編となるようなディスクガイドを目指し、アルバム内でオススメの曲を太字にしています。

第3弾「筋肉少女帯 ”仲直り”以降編」も近いうちに書こうと思います!

 

1.『爆誕』2000年 

爆誕 [HQCD]

爆誕 [HQCD]

  • アーティスト:特撮
  • 発売日: 2015/03/04
  • メディア: CD
 

 

 筋肉少女帯の活動凍結後、新バンド〈特撮〉としての1枚目。この作品のみ内田雄一郎(Ba.)が筋少から引き続きメンバーとして所属していたり、本城聡章が作曲した曲が収録されていたりと、後年の作品と比べると筋少との地続き感も多少残っている。しかし、主にNARASAKI(Gt./サウンドプロデュース)の手による筋少とは全く異なるサウンドで、大槻ケンヂのフレッシュな一面を引き出している。デビューシングルとなったアベルカイン」のシンプル極まりない歌詞や、パンクバンド特撮としてのアティチュードを表明する「特撮のテーマ」などは、後期筋少の複雑な要素を盛り込んだ歌詞からの反動とも思えるほど単純明快な初期衝動を打ち出している。一方「身代わりマリー」「ピアノ・デス・ピアノ」など一連のコンセプト楽曲は、生死に対する冷め切った視線がこの時期特有のカラーとして印象に残る。「文豪ボースカ」も一見悪ふざけのようだが、自らの悩みと自意識に見切りを付けたかのような諦念と虚無があとに残る。オーケンのアルバム至上最もソリッドな異色作にして名盤といって良いだろう。

 

2.『ヌイグルマー』2000年 

ヌイグルマー [HQCD]

ヌイグルマー [HQCD]

  • アーティスト:特撮
  • 発売日: 2015/03/04
  • メディア: CD
 

 

 内田雄一郎が脱退、NARASAKIが楽曲の多くを作曲するようになり、現体制特撮の礎が築かれた作品。イントロダクション的1曲目を経て表題曲「ヌイグルマー」(のちに「縫製人間ヌイグルマー」として大槻自ら小説化、さらに「ヌイグルマーZ」として映画化もされている。すなわち原作小説に先行した映画主題歌である)、GASTUNKのカバージェロニモが冒頭部に連続し、ストレートな格好良さで掴みを決めている。しかし本作で強烈に印象に残るのが、アルバムのちょうど中央部に配置された「企画物AVの女」「ケテルビーの2曲である。どちらも奇天烈な発想から始まりながら、前者では人生の不条理によってもたらされる極限の悲惨さと滑稽さを、後者では表面的な事象と本質的な物事には齟齬があり希望と絶望は表裏一体の存在であることを突きつけてくる。コミカルな曲と思わせてその実普遍的な人生哲学と魂の叫びを内包させる語り口それ自体が、そこで語られるメッセージの内容ともリンクしているという、大槻ケンヂ作品の中でも完成度の異様に高い2曲である。そのほか、ヘヴィなサウンドと端正なメロディとの取り合わせが歌詞の情景を引き立てる「バーバレラ」NARASAKIがボーカルをとった味わい深いバラードアザナエルといった佳作も収録されている。

 

3.『Agitator』2001年 

Agitator [HQCD]

Agitator [HQCD]

  • アーティスト:特撮
  • 発売日: 2015/03/04
  • メディア: CD
 

 

 初期特撮を代表する1枚といえばこれ。頭脳警察の歌詞を引用した「ヨギナクサレ」、休みの国の反戦フォークをカバーした「悪魔巣取金愚」など、楽曲が含み持つ様々な文脈によってアルバムタイトル”アジテーター”の意味が多層的に補完されている。こうした意味の豊かさは、収録楽曲の多様性とも通じている。序盤の「超越人間オーケボーマン」はメタル的な様式美を持ったパンクで、ヒーローものを題材にした馬鹿馬鹿しくも熱いストーリーが展開される。一方バラード曲「揉み毬」オーケンとしては久々にストーリーテリングを重視し、人生の不条理を優しい視点で歌うこちらも良曲。このようにメロディやサウンドの多様性がそのまま歌詞にも反映されており、NARASAKIら作曲陣と作詞オーケンのチームワークはこのアルバムで完成をみていると言ってもよいだろう。「人間以外の俺になれ」「ゴスロリちゃん綱渡りから落下す」に至っては1曲の中でさえ多様性のあるトリッキーな構成を見せ、オーケンの詞も、その曲名同様一筋縄でいかないドラマチックで複雑怪奇なものになっている。コンセプト、楽曲の種類、そして1曲の中での編成まで、あらゆるレベルで多層構造を見せてくれる、バラエティに富んだとても楽しいアルバムである。

 

4.『オムライザー』2003年 

オムライザー (HQCD)

オムライザー (HQCD)

  • アーティスト:特撮
  • 発売日: 2017/06/28
  • メディア: CD
 

 

 全8曲中NARASAKIの作曲は3曲(「オム・ライズ」「ルーズ・ザ・ウェイ」「友よ」)に留まり、その他の作曲陣は大槻が1曲、ARIMATSU(Dr.)が1曲、三柴理(Pf.)が1曲、サポートベーシストの高橋竜が2曲となっているミニアルバム。このように作曲陣のバランス調整によって多彩さを生み出そうとしているように見受けられるが、やはりNARASAKIの3曲が突出して印象的であり、彼の特撮におけるポジションの重要さを結果的に際立たせている。「オム・ライズ」は引きこもりの少年と架空の地底探査メカというモチーフの取り合わせの妙もさることながら、何よりサビ前の人名列挙が格好良く楽しい。「ルーズ・ザ・ウェイ」は作詞クレジットが珍しく大槻とNARASAKIの共作となっており、”寒いふりをしてる 本当はヌクヌクの体”という歌い出しから”いい方へころがれ”と繰り返すラストまで、とにかく全行が魅力的な歌詞である。

 

5.『夏盤』2004年 

夏盤 (HQCD)

夏盤 (HQCD)

  • アーティスト:特撮
  • 発売日: 2017/06/28
  • メディア: CD
 

 

 前作に引き続きミニアルバムということもあり、バンドとしての失速感は否めない。しかし曲の質としては粒ぞろいであり、特撮特有の無味乾燥とした抒情性が光る「花火」、逆に感傷的な表現で強烈な物語世界を印象付ける「湘南チェーンソー」といった曲は、オーケンのレパートリーの中でも地味ながら唯一無二の魅力を持つ傑作。 「アングラ・ピープル・サマー・ホリデイ」で”チューブが流れるこの海を 僕らがこの手で奪い取れ!”と歌われるあまりに無邪気なサブカル的自意識は、今となってはかえって牧歌的に響く。小説『ロッキン・ホース・バレリーナ』とリンクするロードムービーは、「アングラ・…」と同じくサザンやチューブといった固有名詞を用いながらも、攻撃的な意識はなくストレートなサマー・アンセムとして楽しめるのが対称的。

 

6.『綿いっぱいの愛を!』2005年 

綿いっぱいの愛を! (HQCD)

綿いっぱいの愛を! (HQCD)

  • アーティスト:特撮
  • 発売日: 2017/06/28
  • メディア: CD
 

 

 オリジナルアルバムとしては活動休止前最後のアルバムであり、曲数も10曲とフルサイズになっているが、やはりこれも初期3枚と比べると傑作とは言い難い。とはいえ表題曲「綿いっぱいの愛を!」の炸裂するポップセンスは特撮の代表曲と言っても差し支えない完成度である。その他、演奏の移り変わりによるテンションの上昇が楽しい「僕らのロマン飛行」、焦燥をリズミカルに表現した「回転人生テクレ君」オーケンにしてはかなりストレートな社会風刺がみられる「デス市長伝説(当選編!)」などが佳作として挙げられる。ポップな曲調やコミカルさなど取っつきやすさが前面に出た曲が多く、それゆえ良くも悪くも特撮としては大人しい味付けに収まった1枚である。

 

7.『5年後の世界』2011年 

5年後の世界

5年後の世界

  • アーティスト:特撮
  • 発売日: 2011/06/29
  • メディア: CD
 

 

 筋肉少女帯の再始動に伴う活動休止状態を経て、特撮名義としての活動は2006年のベストアルバム『ロコ!思うままに』以来5年ぶりとなるアルバム。全13曲中、アニメ『さよなら絶望先生』及び同原作者のOVAかってに改蔵』のテーマソングが5曲、その他の既発曲のセルフカバーが4曲、新曲が4曲という、半ば企画盤のような変則的なアルバムとなっている。何と言っても目玉はオーケンと特撮にとって大きな転機となったアニメ『絶望先生』の歴代オープニングテーマ林檎もぎれビーム!」「人として軸がぶれている」「空想ルンバの3曲。これらは今もなおアニメファンを中心に絶大な支持を得ているが、”絶望”というアニメのキーワードから大きく発想を飛ばしたことで普遍的な影響力を持った、オーケンのキャリアの中でも名実ともに最も優れた曲たちであると言って差し支えない。以上の3曲が配置されているのはアルバム前半部だが、後半には『改蔵』のOPテーマ「かってに改造してもいいぜ(オーケンVo.ver)」、『絶望先生Blu-ray BOX発売記念の新曲メビウス荒野~絶望伝説エピソード1~」が置かれていることからも、『絶望先生』に始まる一連のプロジェクト楽曲が(圧倒的な完成度をもって)このアルバムの重要な位置を占めていることがわかる。さらに特筆すべきは、これらのいわゆる”アニソン仕事”の曲群と、セルフカバー・新曲含めた純然たる”特撮”の曲群とが、何の違和感もなく等価に存在していることである。再始動したバンドの心象と東日本大震災後の社会が重ね合わされる「5年後の世界」「霧が晴れた日」は今も(今こそ?)色褪せずに響く名曲であるし、アルバム最大の盛り上がりである「ロコ!思うままに(011)」、ラストに見事としか言いようがない爽快さを残す「ルーズ ザ ウェイ(011)」はいずれも原曲より数段エモーショナルにアレンジされ、明らかなアップデートとなっている。前述の通り変則的な形態であるためオリジナルアルバムとしては数に入れない場合もあるが、タイアップ曲・セルフカバー曲・新曲のいずれも隙がない魅力を放っており、特撮の中でも至高の1枚として挙げられる。

 

8.『パナギアの恩恵』2012年 

パナギアの恩恵

パナギアの恩恵

  • アーティスト:特撮
  • 発売日: 2012/12/12
  • メディア: CD
 

 

 ”怒りは小さな薔薇園だ”というパンチラインで始まる1曲目「薔薇園 オブ ザ デッド」で特撮全盛期の再来を高らかに実感させてくれる、久々の完全新作アルバム。個性的かつ完成度の高い楽曲が揃っているが、ラスト2曲「じゃあな」「ミルクと毛布」が突出した名曲である。「じゃあな」はこれまでも再三引用してきた中原中也のフレーズが多く使われているが、そのように”引用すること”自体に対する照れくささこそがこの曲の主題として描かれており、これまでの引用とは一線を画した人間味と愛情溢れる楽曲になっている。「ミルクと毛布」筋少・特撮・その他含めて現状最後の「作曲:大槻ケンヂ」クレジットとなっている楽曲。これまで自虐のモチーフとして扱ってきた”赤ちゃん”(「踊る赤ちゃん人間」「子供じゃないんだ赤ちゃんなんだ」等)という言葉を、初めてストレートに慈愛の対象として描いているのが印象的。この曲の成立についてはエッセイ『いつか春の日のどっかの町で』に詳しい。その他、ゲストボーカルに声優の後藤沙緒里を迎えた「鬼墓村の手毬歌(Short Edit Ver.)」を始めとして物語性の高い楽曲が多いこともあり、全編通してロック・オペラ的な壮大さを感じさせる。多様な物語が次々と展開される、オーケン至上最も”密度の濃い”アルバムかもしれない。

 

9.『ウインカー』2016年

ウインカー(通常盤)

ウインカー(通常盤)

  • 発売日: 2016/02/03
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 

 大槻の筋肉少女帯をはじめ各メンバーそれぞれの活動との兼ね合いで不定期的な活動となった特撮だが、本作のクオリティーをもってその魅力の健在ぶりを十分に示してくれる。中でも先行シングル「シネマタイズ(映画化)」は特撮の中でベスト1としても良いほど名曲中の名曲。かつて”人を救うはずなのに 自分さえ 救えやしない俺のさ 歌だよ”(筋肉少女帯「僕の歌を総て君にやる」より)と歌ったオーケンだが、映画好きの彼らしい人生観が詰まったこの曲は文字通り”人を救う”歌と言っていいのではないだろうか。アニメ『監獄学園』に提供した主題歌のセルフカバー「愛のプリズン(特撮ver.)」もまた、コミカルでポップな曲の中にストレートな格好良さや人生の深淵をも内包した、オーケンの真骨頂とでも言うべき曲。以上2曲があることでパワフルなラウドロックアルバムとなってもおかしくなかったが、それらに負けず劣らず印象的な「荒井田メルの上昇」「富津へ」というバラード2曲の力強い存在感が、このアルバムをグッと大人びたものにしている。「アリス」「人間蒸発」などはともすればつかみ所のない曲だが、バンドの明らかな成熟により不思議な説得力をたたえる。全体として妖しげながらも安定感のある、特撮の到達点とでも言うべきアルバムとなっている。

 

10.『エレクトリック ジェリーフィッシュ

 

 本格的なパンデミック前夜ごろに予感めいた歌詞が書かれたオーバー・ザ・レインボー~僕らは日常を取り戻す」、感染拡大が本格化した中”密””自粛”などハッキリと世相の言葉を盛り込んだ「I wanna be your Museの2曲が、2020~21年の世相を特に色濃く反映している。しかし、その2曲も含めて本作の収録曲に通底しているのは、現実を冷静に捉えつつも希望に目をむけるスタンスである。胸のすくように爽快なリード曲「ヘイ!バディー」、ひたむきさや挑戦に対して真っ正面からエールを送る「フィギュア化したいぜ」などは、オーケンのパーソナルな魅力が最大限発揮された良曲である。そして「ミステリーナイト」「歌劇「空飛ぶゾルバ」より「夢」」といった、完全に悪ふざけとしか思えない曲を未だに発表しているのもまた嬉しいことこの上ない。特撮というバンドが持つ多面的な魅力を改めて気づかせてくれる1枚である。