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『NHKにようこそ!』3媒体比較感想

2021年、滝本竜彦氏の代表作「NHKにようこそ!」の新作「新・NHKにようこそ!」が、彼の所属するバンド拳作家集団“エリーツ”の同人誌上で発表されました。これを機に、過去小説、漫画、アニメの3媒体で展開された「NHK」を再読、再視聴した感想のメモです。

 

アニメ『N・H・Kにようこそ!

N・H・Kにようこそ! (gonzo.co.jp)

2006年7月~2006年12月放送

 

・漫画版の連載途中に制作・放映されているため、アニメ前半部は漫画版ベース、後半部は小説版ベースの展開になっている。

・いちばん良くまとまっていて、エンタメとして観やすい作品になっている。

・前半のモラトリアム生活描写は、悲惨さよりもむしろダウナーな青春っぽさを感じて心地よい。佐藤、岬、山崎に対して愛着が湧きやすく、ずっと彼らの生活を観ていたい気分になる。

・アニメとしてはそこそこ良いクオリティーだと思う。ただし、4話と19話は作画が荒れているというか独特の画風で戸惑った。特に19話は話の内容もキツいので、ちょっと体調の良い時じゃないと観れない。

・音楽がめちゃくちゃ良い。OPの「パズル」、EDの「踊る赤ちゃん人間」「もどかしい世界の上で」はもちろん、パール兄弟による劇伴も素晴らしかった。サントラアルバムを今回初めて聴いたが、ほぼ全部歌詞がついててビックリした。

・自殺オフ会回のオチがより納得いくものになっていたり、岬の母親のエピソードがより明確なものになっていたりと、漫画や小説に比べて腑に落ちる展開になるようブラッシュアップされていて、これが見やすさにつながっていると思う。

 

小説『NHKにようこそ!

2001年連載、2002年単行本発刊、2005年文庫化

 

・アニメ版のあとに読むと、思ったよりエピソードが少なく感じた。そのぶんタイトで直線的な話運びになっていて、この物語の本筋がよりクッキリした。

・あくまで主人公佐藤の物語が主軸になっている。

・作者独特の文体がそのまま主人公佐藤のパーソナリティを体現しているため、佐藤の独白やモノローグがこの作品の大きな魅力を為している。文章表現ならではの勢いや、地の文のどこかズレた感覚によるおかしみが独特の味わいがある。特に、エロテキストを書きながら自己嫌悪に陥る描写が秀逸だった。

・佐藤に比べて、山崎や岬といったキャラクターは比較的内面描写が少ない。ただし、山崎が完成させたエロゲーの文章で最終的な彼の本心がわかる展開があったり、岬のある計画が物語の裏で進行していたことが明かされたりと、ドラマチックな形で彼らのキャラが立っている。

・柏先輩がらみの描写が良かった。佐藤の初体験にまつわるエピソードは「NHKにようこそ!」シリーズの中でも一番引っかかりやすいところだが、小説版がもっとも露悪的でひねくれた描写になっている。これと同じモノローグを漫画版やアニメ版の佐藤に言わせてしまうと、キャラクターに絵が付いているぶんイヤな感じが出すぎてしまい感情移入の妨げになってしまうと思う。しかし小説の文字面だと普通に読めるし、佐藤のひねくれ方の根深さがわかる重要なエピソードになっている。ほかの場面でも佐藤と柏先輩の互いに軽口を叩きあう関係が見え、腐れ縁といった感じの微笑ましい関係にも思えた。柏先輩は小説版だと2・3回しか出てこないが、こうした小説ならではの佐藤との掛け合いの妙で、愛すべきキャラクターになっている。

 

漫画『NHKにようこそ!

 2004年~2007年連載 全8巻

 

・エピソードの詰め込み方が大胆。読んでる体感としてスピーディーで、スラップスティック的な味わいがある。

・小説に比べて群像劇的な色合いが濃くなっている。佐藤だけでなく岬や山崎も主人公のような扱いになっていて、二人や柏先輩のキャラクターは格段に膨らまされている。その他多数の新しい登場人物が追加され、どれもそれなりにドラマを背負っている。佐藤の両親の描写は特に良かった。

・「原作:滝本竜彦 漫画:大岩ケンヂ」というクレジットになっているが、滝本氏の「原作」は単に原作(小説版)提供という意味ではなく、新たに漫画版のプロットを書き下ろしており、大岩氏と2人でこの漫画を作り上げていることが8巻のあとがきや各巻カバー袖を読むとわかる。つまり滝本氏と大岩氏はこの漫画における佐藤と山崎のような関係である。

・そんな製作体制も影響してか、佐藤と山崎のクリエイターを目指すエピソードが、小説より大幅に膨らまされている。少なくともクリエイターへの道という意味では、3媒体で最も希望のあるラストになっている。

・全体的に、小説版の解体と再構築を目指した作品になっている。小説のエピソードが登場人物を入れ替えて繰り返されることで全く違う意味を持っているという場面が多い。具体的には、「自殺しようとしている岬を電車で追いかける佐藤」という構図が、漫画版では全く逆転して佐藤の自殺を岬と山崎が止めようとする話になっていたり、小説版とアニメ版ではオチになっている「契約」を岬が交わす相手が、佐藤ではなく漫画オリジナルの登場人物になっていたりする。最終回で佐藤が「ダイブ」するのは小説版と同じだが、その状況や目的意識が原作と全然別物になっているのが面白い。

・上記のエピソードの解体にも密接に関わっていることだが、中原岬のキャラクターが相当変わっている。この変更点が原作と漫画の違いとして一番大胆であり、人によってはショッキングかもしれない。漫画版の彼女は、序盤ですでに佐藤の部屋に盗聴器を仕込んでいる描写があるなどかなりヘンな子になっているが、回を追うごとに「構ってちゃん」かつ「ヒロイックシンドローム」な描写が増していく。個人的には、『さよなら絶望先生』の日塔奈美や『かってに改蔵』の名取羽美といった久米田康治作品のヒロインも想起される、好きなタイプのキャラクターになっていたので、この変更は概ね楽しめた。小説では文字通り天使性すらあるヒロインの岬ちゃんだが、漫画版ではより人間くさく厄介なキャラクターになっており、小説岬ちゃんと漫画岬ちゃん2つあわせて魅力的な中原岬というキャラクターになっていると思う。

 ・原作小説の解体、中原岬の再解釈など漫画版独自のツイストを意識するあまり、展開が急ハンドルになりすぎている部分があるのも事実だと思う。ただ、それもこの漫画自体の持つ独特のスピード感を形成する要因となっていて、あながちマイナスとも言えない。