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神聖かまってちゃん『児童カルテ』感想

 

児童カルテ

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 神聖かまってちゃん10枚目にして、ちばぎん脱退前最後のアルバム。インターネットに捧げられたとびきりポップで悲しく美しい作品だった。

 

まずはアートワークの話から。『夏.インストール』(2016)や『ツン×デレ』(2018)の流れをくみ、メンバー全員による野外ロケーション写真が歌詞カードに収められている。千葉にある「もりのゆうえんち」を舞台に撮影が行われているのだが、この遊園地という完成された世界観のなかに、女装したの子、鹿のマスク(「Girl2」をライブで披露するときのお約束コスチューム)を被ったmonoといった、歪にキャラ付けされたメンバーがたたずんでいるミスマッチさがおかしい。

 

そしてアルバムの内容について。この作品をコンセプトアルバムと捉えるなら、3つのパートに分けられる。一つ目はインターネットの狂騒をアップテンポの曲で表現したM1~M4、二つ目は一転して現実世界の寂しい風景を切り取ったM5~M8、そして再びインターネットに戻って幕を閉じるM9~M12。そう、これはインターネットをテーマにしたアルバムである。

 

一人の少女がインターネットのなかで死を遂げるM1「るるちゃんの自殺配信」から物語は始まる。デモ音源しか出ていない1年前の時点でファン投票1位になったり、MVがYouTube再生数で圧倒的な伸びをみせたりと、新たな代表作といえる曲だ。猫と話せる魔女のくだりは「ベルセウスの空」にも登場する魔女の宅急便モチーフ、もしくは筋肉少女帯「暴いておやりよドルバッキー」を彷彿とさせる。CD音源を初めて聴いたとき、とびきりキラキラしたサウンドに驚きと納得を覚えた。今にも死んでしまいそうな心を歌いながらも、美しい音楽に乗せて笑顔にしてくれるのがかまってちゃんらしい。自殺という痛ましい事件を肯定も否定もせず、ただ優しく抱きしめてくれるような曲だ。

 

続くM2「毎日がニュース」も、苦々しいネット界の現実を実に楽しげに歌ってくれる。この曲は否応なくテンションが上がるアップテンポの曲。神聖かまってちゃん、踊れる曲も作れるんだな・・・と思った。

 

M3「Girl2」は一部を除いて英語詞の曲。この曲のように歌詞の意味に重きを置かない曲が多いのも今作の特徴だ。明らかに新機軸の曲だが、『英雄syndrome』(2014)の中の複数曲に似た雰囲気を感じ取ることができる。

 

M4「聖マリ」は比較的初期からネットやライブで公開されている人気曲だが、諸事情で自作MVの削除やタイトル変更を余儀なくされていたり、以前のアルバムに収録が予定されていたものの満足のいく出来に達せず見送られたりと、何かと不憫な1曲。満を持してのバンド音源収録であった。

ここまでアッパーな(ただし精神的に重苦しい)4曲が続く。「聖マリ」が一つ目のクライマックスとなり、曲終盤の「愛してる愛してる・・・」という神々しいコーラスを経てM5「静かなあの子」の穏やかで寂しい世界に突入する。この流れは本当に美しい。

 

「静かなあの子」は初期を思わせる学校の教室を舞台にした詞。「陰りにピアノをいつも誰が弾いてるか知らないし」のあたりの歌詞は、近年のかまってちゃんの中でも有数の美しさだと思う。そういえばこのアルバムピアノの音があまり無かったな、と思ったところで歌詞カードには鹿マスクを被ったmonoくん。

 

M6「おやすみ」は、名曲「コンクリートの向こう側へ」をさらに深化させたような衝撃作。ライブではの子のボーカルが汚ければ汚いほどいい曲に聞こえてちょっとズルい。かまってちゃんにはこのタイトルと対になるような「おはよう」という曲もあるが、明るく開けていくような曲調の「おはよう」に対し深く堕ちていくような「おやすみ」と、音も対照的だ。

 

M7「バイ菌1号」ははっきりいって手癖のような曲で、具体的には「そよぐ風の中で」「雲が流れる」によく似ている。3曲とも重要なところでボーカルが苦しそうな裏声になるのが効果的で、の子らしい曲だ。新機軸の曲がある一方で、こうしたお約束・マンネリの曲があるのもかまってちゃんの良さであり、安心感を与えてくれる。なんだかんだでアルバム中一番好きな曲かもしれない。

 

M8「ディレイ」でアルバムは2回目のクライマックスを迎える。先行配信されたときは地味な曲だと感じたが、アルバムの流れの中に置くととても映える1曲。特に後半の怒濤のピアノパートが美しい。ディレイ、ディストーション、エフェクトといった言葉が並ぶ歌詞だが、楽器が出来るようになればより深く実感できるのかもしれない・・・。

 

M9「ゲーム実況してる女の子」でまた一気に狂騒の世界へ戻される。2017年末のバーチャルYouTuberブーム以降に発表されたデモMVには、一瞬電脳少女シロちゃんも映り込んでいる。少女を主人公にした曲は今までも多くあったが、これはバーチャルな存在を含めたインターネットの少女たちを観測している「陰キャラおじさん」こそが主人公である。インターネットを題材にした曲の中でも、特に身近に感じる1曲だ。

 

M10「幽霊少女シニテー」は神聖かまってちゃん結成以前からある宅録でお馴染みの1曲。原曲で使われていた著作権的にアウトなサンプリングはDr.(ドラマー)みさこの声になっている。ここで描かれている希死念慮はM1やM2よりも抽象的になり、リスナーを単なる感情移入を超えた世界に誘う。神聖かまってちゃん版の「ええじゃないか」といった曲だ。

 

M11「夜空の虫とどこまでも -2019Rec.ver-」はこれまた待望の新録。未熟なえんそうだった『つまんね』(2010)からバンドが積み重ねてきた年月と技術を感じさせ、熱いものがこみ上げる。

 

最後の曲M12「匿名希望くん」は、インターネットに捧げられた静かなラブソングであり、レクイエムである。この曲最後の盛り上がり方は1stアルバム『友だちを殺してまで。』(2010)ラストの「ちりとり」に非常によく似ている。「ちりとり」は“かおりちゃん”というたった一人に向けられたラブソングだったが、「匿名希望くん」はインターネットのすべてに向けられている。インターネットの中には、るるちゃんも、ゲーム実況してる女の子も、神聖かまってちゃんの歴史も、ファンも、そしてたぶんかおりちゃんもいる。現体制の締めくくりとして、意識はしていないであろうがとても綺麗なまとめ方だ。

 

『児童カルテ』は、何をどう考えても神聖かまってちゃんの最高傑作というほかない。神聖かまってちゃんに、ちばぎんに、そしてインターネットの憂鬱な「友だち」たちに、幸あれ。